「授業中ずっと絵を描いていました」——授業中に全く関係ない遊びをしている子供に、不安になったことはありませんか。
授業中に絵を描き続ける子どもは、必ずしも「サボっている」わけではありません。「授業」という形ではなく、「好き」という入り口から世界を学んでいる場合があります。
小学校へ入学してから、不思議なことがありました。赤鉛筆だけが、異常なスピードで短くなっていくのです。新品を削って持たせても、翌日にはもう短い。「また何回も折ったの?」「どこかでなくしてきたの?」私は少しため息をつきながら、新しい赤鉛筆を買い足していました。
黒鉛筆はほとんど減らないのに、赤鉛筆だけがなくなる。でも今振り返ると、その赤鉛筆は息子にとって単なる文房具ではありませんでした。彼が学校で過ごした時間そのものだったのです。
- 授業中に絵を描き続ける子どもの背景にあるかもしれない理由
- 連絡帳の一文で親の考えが変わったきっかけ
- 「勉強していない」ではなく「違う方法で学んでいた」と気づいた出来事
- 我が家で実践している「好きを学びにつなげる」工夫
- よくある質問(Q&A)
こんな悩みはありませんか?
- 授業中に絵を描いてしまい、先生から連絡が来る
- 「ちゃんと聞いているの?」と何度も聞いてしまう
- 集中できていないのではと不安になる
- 好きなこと(絵・ゲーム・キャラクターなど)に没頭しすぎることが気になる
私の実体験を書いたこの記事が、悩み解決に少しでも役に立てたら嬉しいです。
45分間ずっと絵を描いています
『45分間、授業への参加が難しい様子でした。席には座ってくれていましたが、ずっと絵を描いていました。』
連絡帳を読んだ瞬間、胸が締めつけられました。授業中ずっと絵を描いていた?先生の話は聞いていたの?お友達は勉強しているのに?このまま学校生活についていけるの?不安ばかりが頭の中をぐるぐる回りました。
勉強についていけなくなるんじゃないか。先生にさらに迷惑をかけてしまう。周りから浮いてしまうんじゃないか。そんな焦りがありました。
私は、「授業を受けること」が当たり前だと思っているから。だから、授業中に絵を描いているという事実だけを見てしまっていたのです。
でも、その日の放課後。その考えが大きく変わる出来事がありました。
茶色い封筒の中に詰まっていた「たからもの」
息子は学校から帰ってくると、ランドセルの中から一つの茶色い封筒を取り出しました。
「おんま、これ見て!」その表情は、目がキラキラ輝いて、とても誇らしげでした。封筒を開けると、そこには何十枚もの絵。しかも、すべて赤鉛筆だけで描かれていました。

ポケモン。マインクラフト。昆虫。海の生き物。森。空。料理のレシピ。災害時の避難方法。どれも驚くほど細かく描き込まれていて、一枚一枚に物語がありました。
私は一枚ずつめくりながら、「この子は学校でこんな世界を見ていたんだ。」そう思いました。
私が一番驚いた一枚
5月。台風が接近し、「学校が休校になるかもしれない」と話題になっていた日がありました。その日に描いていた絵のタイトルは、「さいがい!たいふうにそなえろ!」。
そこには、台風の進路だけではありません。避難所で必要なもの。学校で準備するもの。家族はどう連絡を取るのか。私でも思いつかないこと、そして息子が知っている知識が、紙いっぱいにびっしりと描かれていました。
私は思わず笑ってしまいました。同時に、「この子は授業をサボっていたわけじゃない。」そう思いました。
「勉強していない」ではなく、「違う方法で学んでいた」
私はずっと、「授業を受けること」が学びだと思っていました。でも息子は違いました。絵を描きながら、頭の中では、ポケモンの生態を整理し、昆虫を分類し、災害について考え、海の生き物を思い出していたのです。
もちろん学校では授業を受けることは大切です。だから先生方と相談しながら、少しずつ授業にも参加できる方法を探していかなければいけません。
でも私は、この日初めて気づきました。「学び方」は一つではない。彼は彼なりに、世界を理解しようとしていたのです。
あの日の私は、「授業を受けていない」という事実しか見ていませんでした。でも息子は、「授業」という形ではなく、「好き」という入り口から、世界を学んでいたのです。
我が家で大切にしている「描く環境」
この出来事以来、私は「描くこと」を止めるのではなく、安心して描ける環境を作るようになりました。
例えば、休日に水族館へ行った日は、帰宅して写真を見ながら絵を描く。博物館へ行った日は、気になった展示を思い出して描く。最近はトレーシングペーパーも取り入れました。今では小学館neo図鑑の数も増えて、学んだことを絵にして表現してみる、この繰り返しを楽しんでいます。
| きっかけ | 家での取り組み | 得られたこと |
|---|---|---|
| 水族館へ行った日 | 帰宅後、写真を見ながら絵を描く | 記憶の整理・アウトプットの練習 |
| 博物館へ行った日 | 気になった展示を思い出して描く | 興味の掘り下げ |
| 図鑑を見た日 | 気になった生き物や乗り物を模写する | 観察力・語彙の広がり |
| うまく描けない日 | トレーシングペーパーでなぞる | 「できた」の成功体験、指先の練習 |
最初は遊び感覚でしたが、指先をゆっくり動かすことは、協調運動症のある息子にとっても良い練習になっています。
もちろん、全部がうまくいくわけではありません。
それでも私は、「好き」を止めるより、「好き」を伸ばしたい。そう思うようになりました。
よくある質問(FAQ)
- 授業中に絵を描いてしまうのは発達障害のサインですか?
-
絵を描いてしまうというだけで発達障害と判断することはできません。ただ、興味のあることに強く没頭する傾向は、発達特性のある子どもに見られることがあります。気になる様子が続く場合は、学校や発達相談窓口に相談してみるのも一つの方法です。
- 授業中の「好きなことへの没頭」はやめさせるべきですか?
-
一律にやめさせる必要はないと考えています。我が家では、まず学校や先生と情報共有しながら、少しずつ授業に参加できる方法を探しつつ、家庭では「好き」を安心して表現できる環境を作るようにしています。
- 先生からの連絡に返事をすればいいですか?
-
事実を否定せず、家庭での様子や興味関心を共有することが我が家では役立ちました。「学校での困りごと」と「本人の強み」の両方を先生に伝えることで、連携がしやすくなったと感じています。
- 「好きなこと」を学びにつなげるには何をすればいいですか?
-
我が家では、お出かけの後に絵を描く、図鑑で興味を広げる、といった形で「好き」を起点にした振り返りを取り入れています。特別な道具がなくても、紙とその子の好きな筆記具があれば始められます。
今日伝えたかったこと
赤鉛筆は、ただ短くなっていたわけではありませんでした。一本一本が、息子が夢中になった時間。考えた時間。想像した時間。世界を描いた時間でした。
あの赤鉛筆は、学校生活に苦戦していた証ではなく、息子が精一杯、自分らしく生きていた証だったのです。
これからも学校では、先生方と一緒に「授業に参加する力」も育てていきたいと思っています。でも同時に、誰にも真似できない息子だけの世界も、大切に守っていきたい。
だから私は、赤鉛筆がまた短くなっていたら、もうため息はつかないと思います。
きっと今日も、息子だけの世界が、また一つ広がったんだ。そう思える親でありたいです。
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発達グレーゾーンの息子との学校生活では、赤鉛筆のこと以外にも、先生との連携や運動会、授業中の工夫など、たくさんの試行錯誤がありました。学校生活の記事は、こちらのカテゴリーにまとめています。



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