「病院へ行くか!」と怒鳴った朝。息子への期待を手放し、本当の愛に気づいた日|発達グレーゾーン育児

目次

はじめに

この記事でわかること

この記事では、

  • 発達グレーゾーン育児で「もっとできるようになってほしい」と願ってしまう親の苦しさ
  • 息子に怒鳴ってしまった朝、私が気づいたこと
  • 「期待を手放す」とは諦めることではない理由
  • 子どもだけでなく、親自身も愛していいと思えた瞬間

について、私自身の体験をもとにお話しします。

もし今、お子さんを誰よりも愛しているのに苦しくなっている親御さんがいたら、

この経験が少しでも心を軽くするきっかけになれば嬉しいです。

「病院へ行くか!」と怒鳴ってしまった朝

その朝も、いつものように慌ただしく時間が過ぎていました。

私は息子と約束をしていました。

「7時30分になったら準備を始めようね。」

息子も「うん。」と返事をしていました。

でも時間になっても、なかなか動けません。

何度声を掛けても、気持ちの切り替えができませんでした。

昨日も。一昨日も。その前も。

何度も繰り返してきた朝。

学校から何度もかかってくる電話。

連絡帳には、その日に起きたトラブルが書かれていました。

「今日も授業に参加できませんでした。」

「今日は友達とトラブルがありました。」

そんな文字を見るたびに、「私の育て方が悪いのかな。」

と、自分を責める毎日でした。

積もり積もった感情が、その瞬間、一気に溢れてしまいました。

私は大きな声で言ってしまいました。

「おんまの声が聞こえないの!病院へ行くか!」

言った瞬間、自分でも分かりました。

この言葉は、息子を助ける言葉ではない。

私の焦りや不安を、そのまま息子へぶつけてしまった言葉でした。

こんなことを言っても、何一つ良いことなんてない。

息子を傷つけるだけ。また萎縮させてしまうだけ。

頭では分かっているのに、止めることができませんでした。

息子を送り出したあと、涙が止まらなかった

玄関のドアが閉まったあと、私はその場に座り込みました。

涙が止まりませんでした。言葉にならない感情が一気に溢れ返りました。

どうしてまた傷つけてしまったんだろう。

あの子は困らせたくて困らせているわけじゃない。

一番苦しいのは、息子自身なのに。

私は親なのに。守りたいのに。

どうしてあんな言葉しか出てこなかったんだろう。

自分を責め続けました。

私は何に苦しんでいたんだろう

泣きながら、私は自分に問いかけました。

何でこんなに涙が溢れるんだろう。

この感情は怒り?苦しみ?悔しさ?

私は、一体何に怒っているんだろう。

何に絶望しているんだろう。

私は、心の中にいる小さな私に問いかけました。

その時、ようやく気づきました。

私は息子ではなく、期待どおりにならない現実に苦しんでいたのです。

いや、期待どおりにならない現実に苦しんでいたのではなく、「期待どおりにならない未来」を怖がっていたのかもしれません。

どこかで私は、

「いつか普通にできるようになる。」

「もう少し大きくなれば変わる。」

「そのうち大丈夫になる。」

そんな未来ばかりを見ていました。

だから、期待が叶わないたびに、

焦って、疲れて、絶望していました。

自分の心にまで蓋をしていた

でも、もっと苦しかったことがありました。

私はずっと、自分の感情にも蓋をしていました。

怒っちゃいけない。イライラしちゃいけない。

理解しなきゃ。寄り添わなきゃ。

発達グレーゾーンの子は、自己肯定感が下がりやすい。

二次障害にも気を付けなければいけない。

そんな情報を知れば知るほど、

私は「いい親でいなきゃ。」と自分を縛っていました。

苦しくても、疲れても、泣きたくても、

親だから頑張らなきゃ。子供のペースに、歩幅にとことん合わせなきゃ。

そう思い続けていました。

でも気づけば、一番置き去りにしていたのは、私自身の心でした。

「もっと」は愛情だった

その時、もう一つ気づいたことがあります。

どうして私は、こんなにも

「もっとできるようになってほしい。」

と思ってしまうのか。

それは、息子が幸せになってほしかったから。

社会で困らないように。友達と笑って過ごせるように。

将来、自分らしく生きられるように。

全部、愛情でした。

だから、「もっと」と思ってしまう自分を、責める必要はありませんでした。

その気持ちは、本物だから。そんな愛情を持つ自分自身に、ハグしてあげようと思いました。

でも、その愛は少しだけ形が違っていた

私は、息子を愛するその気持ちを、

「もっとできるようになってほしい。」という期待に変えて、

知らないうちに

「今のあなたでは足りない。」

というメッセージに変えてしまっていたのかもしれません。

本当は、息子は十分頑張っていました。

学校へ行くこと。

苦手なことに挑戦すること。

毎日、本人なりに全力でした。

私は、その小さな努力ではなく、できないことばかり見ていました。

期待を手放すことは、諦めることじゃない

その時、胸の中で何かがほどけました。

期待を手放そう。

でも、それは諦めることではありません。

責任を放棄することでもありません。

今の息子を、そのまま受け入れること。

条件付きではなく、「今のあなたが大好き。」と伝えること。

それが、私が気づけていなかった、愛の形でした。

親も人間だから

そして私は、ようやく自分にも言えました。

怒る日があっていい。

泣く日があっていい。

できない日があっていい。

だって私は、毎日、全力で向き合っているんだから。

全力だから疲れる。全力だから涙が出る。

全力だから、感情が溢れる日もある。

それも全部、息子を心から愛している証。

私だって人間だもの。登る日があれば降る日もある。それでいい。

今日、最後に伝えたいこと

もし今、お子さんに

「もっとできるようになってほしい。」

そう願って苦しくなっている親御さんがいたら、伝えたいことがあります。

その「もっと」は、あなたが厳しい親だからではありません。

それだけ、お子さんの幸せを願う、深い愛があるからです。

それだけ、本気で向き合っているからです。

だから、どうか、自分を責めないでください。

もう十分、あなたも頑張っています。

そして、きっとお子さんも、誰よりも頑張っています。

だから今日だけは、ほんの一分だけ目を閉じてみてください。

深呼吸をして、今ここにあるものを感じてください。

お子さんの笑顔。

「おはよう。」と言えた朝。

一緒に食べたご飯。

手をつないだ帰り道。

笑った日も。

泣いた日も。

怒ってしまった日も。

仲直りした日も。

全部、今日まで親子で歩いてきた時間です。

私はずっと、「足りないもの」ばかり見ていました。

でも本当は、もう十分、幸せはここにありました。

だから明日も、完璧な親を目指さなくていい。

今日より少しだけ、お子さんを抱きしめてください。

そして、今日より少しだけ、

自分自身のことも抱きしめてあげてください。

きっとまた、前を向けます。

よくある質問

子どもに怒鳴ってしまいました。取り返しはつきますか?

私も何度も後悔してきました。でも、その後に謝ること、愛情を伝え続けることはできます。親も失敗するからこそ、その後どう向き合うかが大切だと私は感じています。

「期待を手放す」とは諦めることですか?

私は違うと思っています。期待を手放すことは、子どもの成長を諦めることではありません。親を辞めることでもありません。今の子どもを否定せず、その子の歩幅を信じることだと思っています。

「もっと良くなってほしい」と思ってしまう私はダメな親ですか?

いいえ。その気持ちの奥には、「幸せになってほしい」という深い愛情があります。だからこそ、まずは自分自身も責めずにいてほしいと思います。

今日伝えたかったこと

  • 「もっと」は愛情の裏返し
  • 期待を手放すことは諦めることではない
  • 親も子どもも、もう十分頑張っている
  • 足りないものではなく、「今ここにある幸せ」に目を向けてみる
  • 完璧な親ではなく、愛を伝え続ける親でいたい

あわせて読みたい

「親の心」と「子どもとの向き合い方」について綴った、こちらの記事もおすすめです。

健康ブログ

子育てブログ

発達障がい児育児ブログ

子育てに悩む方々へ、是非シェアお願いします!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次